暖かい大地に、喜びの種をまく。

そばの種をまくのは、8月の中旬頃から。生育の期間を考えると、山間の畑は8月末までに、平地の畑は9月の上旬までにすべての種をまき終えなければなりません。この限られた時期に、1年分のそばを収穫するための種を畑にまくのですから、それはそれは重労働です。

種まきは天候にも左右されるため、常に天気予報とにらめっこ。長雨などで思うように芽が出ないこともあり、そんな時は、期間内であれば種をまきなおすこともしばしば。まだ暗い早朝から深夜まで畑にいることも。日中には太陽が高く昇り、日陰のない畑を容赦無く照らします。

「この時期は分刻みのスケジュール。胃が痛くなるほど追い込まれます。精神的にも肉体的にもきついけど、私は畑から苦労が報われることを教わりました。そばを待ってくれている人がいるというのはとてもありがたいですよ」と、ひとりで畑を管理する勢士。その表情からは揺るぎない信念を感じさせられます。

収穫の時期やおいしく食べてくれる人のことを想像しながら、広い畑に夢を描くように喜びの種をまく。この苦労がなければ、北山そばの1年は始まりません。苦労の先には一面真っ白に咲き誇るそばの花がある。おいしく食べてくれるお客さまがいる。その光に向かって、トラクターを進めます。

そば農家の喜びは、年に4回もある。

種まきから、7日~10日後ほどで芽が出ます。これがそば農家にとって、その年の1回目の喜び。朝日が照らす畑で小さな芽が懸命に空へ向かって背を伸ばす姿に、強い生命力を感じることができます。とはいっても、この時期は、台風や大雨による影響が気がかりです。人間の子どもと同じで、この幼い時期は目が離せません。

それを乗り越え、2回目の喜びは、秋の開花の時期にやってきます。白い花が咲き誇り、一面真っ白なそばの花畑。その景色に、車を沿道に停めて眺める人も少なくありません。

待ちわびた晩秋、新そば解禁。

そして、晩秋。いよいよ北山そばの収穫が始まります。大地の恵みに感謝し、成長したそばの実を刈り取る瞬間、これが3回目の喜びです。収穫までは大変なことの連続ですが「待っている人たちの信頼に応えたい」その気持ちを原動力にこの日を迎えます。その後、太陽と風の力を借りて、収穫したそばの実を乾燥させます。自然の温度で、熱を加え過ぎないように注意、通気を良くし素早く乾燥させることで、香りをや風味を残しながら余計な水分だけを飛ばすことができるのです。

4回目の喜びを与えてくれるのは、食べてくれる人の存在です。「畑仕事が終わり、くたくたになって店に出ると、自分がつくった蓄麦をおいしいそうに食べてくれる人の姿がある。一気に苦労が報われる気がして、これがあるから、そば農家は辞められない」お客さまの笑顔が見える厨房は、そば農家の特等席です。

木漏れ陽のそば畑は、ここ富士町の山間部の他、少し離れた平野部などにもあります。山間部とは勝手が違う平野部での仕事の進め方は、近隣の農家さんに教えを乞うことも。また、忙しい収穫期には、助っ人をお願いすることもあります。そばづくりは、多くの人の協力がなければ実現しないのです。12月1日には解禁される新そば(収穫時期によって早くなることもあります)には、たくさんの人の協力とそば農家の夢が、ぎゅっと詰まっています。