富士町上合瀬、「火箱谷」と呼ばれて。

佐賀市富士町上合瀬(かみおうせ)。この地域は、昔から山林や水田が少なく、山で暮らす者には、少し厳しい環境でした。それでも、農業や林業以外にも、酒屋、醤油屋、宿屋などを営み、知恵をしぼり、助け合いの文化が根付いてきた地域。ぽかぽかとあたたかい谷あいの地域という意味で「火箱谷」と呼ばれてきました。

受け継がれる在来種「北山そば」

木漏れ陽の創業者・友田泰彦が、7 0 歳を過ぎた頃に復活させた「北山そば」の栽培。在来種である北山そばは、香りが良く、深い味わいが特徴。噛めば甘みとの出会いが待ち受け、するりと喉を通った後も、芳醇な香りが残ります。

泰彦が幼い頃は、自宅で食べる食糧として栽培されていました。当時、家庭でダシをとり、自己流で蕎麦を打ち、空腹でズズズとすすれば、心もお腹も満たしてくれたと言います。今でも北山そばを食べると、しあわせな気分がどこか遠くからやってくるのは、きっと、その名残。そばの種の中には、おいしい蕎麦が紡いだ物語が、タイムカプセルのようにぎゅっと詰まっています。そして、その想いをしっかりと受け継いだ孫の勢士。今日もそば畑で汗を流します。